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閑話休題 季節感だけでなく旬の感覚が無くなった・・

今日は箸休めの意味も含めて、昨晩のニュースから話題を1つ。
昨年秋からのエルニーニョ現象と北極の寒波の影響があって、今年に入ってから気温の上下動が激しく、「春野菜」や秋の果実の生育・収穫に大きな影響をもたらしているというニュースが耳目に飛び込んできました。
このTVのニュースを見ていて真っ先に異論を唱えたのは、我が家の娘でした。
TVのニュースキャスターが「このところの寒波による低温と季節外れの降雪によって、トマトやキュウリなどの春野菜、初夏を彩るアスパラガスの生育と収穫に影響がでそうです・・」とアナウンスすると同時に、我が娘が「今トマトとキュウリを春野菜って言わなかった?」とすかさず一言。
画像を見れば、コンクリートが敷き詰められたハウスに、どこに根を張っているのか、トマトが力なさそうに育っている光景があります。 このアナウンサーやテレビ局の常識を問うことはさておき、このニュースを見ていた何人の日本人が、トマトやキュウリが春野菜というコメントに反応したのか?ということと同時に、すでにトマトやキュウリは人間の手によって夏野菜から春野菜に換えられてしまったのかという、恐ろしくも仕方のない現代社会の現実を、わずかな時間の中で思い知らされました。
需要があるから農家は1年中を通して野菜や果実を育て、市場に送り、国民はその恩恵を受けているのですが、よく考えてみれば、その恩恵は決して「自然の恵み」ではなく、夏野菜のトマトやキュウリを1年中でも食べることができるように品種改良し、農法を考えた産学の研究者、技術者、そして農家の「研究開発力と努力の恵み」なのかもしれません。

以前から幾度となくお話してきたように、人間が、自然の恵み、恩恵、そしてそれらの生物が持つ力の恩恵をうけることができるのは、その生物自身が、気温、水、太陽、土などの四季を通じて得た恩恵があるからこそだと思っています。
すべての動植物がそうであるように、人間もまた、生きるための「営みの力」は、同じ自然界で育まれた力をもった動植物によって作り出すことができるものです。

食の安全、食育、地産地消、遺伝子組み換え、スローフードなど、この10年ほどの間に食を取り巻く環境の中で話題になり議論され、そしていつものように喉元を過ぎていったものは数知れません。しかし、野菜や果実の旬や、それらが持つ力、そしてその恩恵を受けている人間の営みについては、残念ながらあまり議論にはなりませんね。
遺伝子組み換えの豆や野菜についてはメディアも国民も敏感かつ過剰に反応するのに、春に収穫される夏野菜、冬野菜の背景には感謝はしても、不思議、疑問に思わないほど、季節感だけでなく旬の感覚が無くなってしまったのだとしたら・・・
by nutmed | 2010-03-31 09:42