セレニウムが2型糖尿病のリスクになる??

週末、我が家の町内会で毎年恒例の花火大会がありました。大きな大会ではなく、町内会費と市と企業の賛助で行われる会のために、せいぜい30発なんですが、それでもスターマインありと本格的なんです。私は15年前に趣味で花火打上師のライセンスを取得したこともあって、過去に3回ほどお手伝いをしたことがあります。この花火大会を迎えると夏の終わりを感じます。

さて、今日はホットなトピックスを紹介しましょう。先月8月にアメリカの雑誌で報告されたセレニウムの話題です。少し難しいかもしれませんが、ついてきてくださいね。

2007年8月21日付けの米国Annals of Internal Medicineで、セレニウムの長期服用が2型糖尿病のリスクを招くという発表がありました。アメリカでは非常にショッキングなニュースとして全米だけでなくEUにもすぐ飛び火しました。この報告はアメリカのボストンに住む知人のドクターからメールで届いたものですが、じっくりと内容を読んで見ると報告内容には、この知人のドクターも感じていたように、疑問の余地がないわけではありませんでした。

同誌に掲載発表された「Effects of Long-Term Selenium Supplementation on the Incidence of Type 2 Diabetes(セレニウムの長期服用による2型糖尿病発症への影響)」と題された報告は、1996年にClark博士らが米国医師会雑誌でセレニウムの服用が皮膚がんの予防に有効であることを発表した研究でボランティアとして参加した1312名(平均年齢63歳)における追跡調査をベースとする調査の報告でした。

1996年にClark博士が報告した研究内容では、皮膚の扁平上皮細胞癌を持つ1312名に1日あたり200μgの酵母セレニウムを4.5年間服用させたもで、プラセボグループ(セレニウムを飲んでいないグループ)との比較を見ると、セレンを投与されたグループが皮膚がんに対しては何ら影響を及ぼす結果は出ませんでしたが、がんによる死亡率は50%低下し、発生率では肺がんが46%、大腸がんが58%、前立腺がんが63%それぞれ低下しており、他のセレンとがんに関する研究報告の数値をほぼ一致しています。

今回Stranges博士がAnnals of Internal Medicineで発表した報告は、数年にわたる長期間、1日あたり200μg以上のセレニウムを服用することで2型糖尿病のリスクが高くなるというものです。
Stranges博士らはClark博士が1312名に行った研究に参加したボランティアのうち、2型糖尿病歴を持たない1202名に、その後約7年間1日あたり200μgの酵母セレニウムを継続服用させた結果、50%近く2型糖尿病になるリスクが増したと報告していますが、この調査内容と結果をもってセレニウムが2型糖尿病リスクを高めると断定するのは以下の理由から尚早のように思えます。

1、そもそも、この調査事態が1996年にClark博士がデザインした研究をベースにしたものであり、元来2型糖尿病の発生率を調査するようにデザインされたものではないということ。
2、調査内容を詳細に見ると調査期間の7.7年間でセレニウムを継続し、かつ2型糖尿病を発症したのは全体の9.7%で、セレニウムを服用しなかったプラセボグループでも6.5%が2型糖尿病を発症していること。
3、Stranges博士とClark博士が使用したセレニウムは「酵母由来のセレニウム」であること。酵母にはセレニウムが含まれていることは勿論ですが、インスリンに影響を与えるミネラルの1つであるクロミウムなどのマクロミネラルが含まれてもいること。
特にクロミウムは動物・人間の数々の研究によってグルコース耐性因子であることがわかっており、インスリンの機能に対する影響があるにもかかわらず、この研究ではこの点に触れられていないだけでなく、何故酵母セレニウムを使用したのかにも触れられていないこと。
4、プラセボグループに投与した「酵母イースト」です。なぜ、プラセボグループに「酵母イースト」を服用させたのかが不可解です。この研究報告の中ではその理由が明確になっていないだけでなく、この「酵母イースト」にセレニウムほか、マクロミネラルが含有されていなかったかどうかについても触れられていないこと。

以上の4点から、少なくともこの研究調査報告には、セレニウムの長期投与が2型糖尿病のリスクを増大させるという帰結にいたるには根拠不足であるように思われます。

因みにセレニウムについては、その毒性についても未だ研究が続けられていることも事実ですが、現在までの動物および人間による臨床研究の報告を見る限りでは、適切な摂取量を厳守した場合のメリットのほうが多いミネラルの1つであることは間違いありません。

このように世界中で毎日のように発表されている研究報告ですが、多くのメディア・マスコミは研究報告の全文ではなく、その要約(サマリー)に目を向けショッキングな話題となるような「調理」を施すことによって、想像以上に世の中に影響(ポジティブ、ネガティブに関らず)を与えることが少なくありません。
少し前から日本でも盛んに「エビデンス」「立証」という言葉が横行しています。私自身はエビデンスは非常に重要なことであり、大歓迎なことなんですが、そのエビデンスの基礎となる研究報告の内容は少なくとも3-5回は全文に目を通し、その研究報告の言わんとするポイントを偏見なく読み取る姿勢が臨床や研究者だけでなく、可能であれば一般の方にも、自分自身でそのポイントを読み取っていただくことが望ましいと考えています。

参考文献
Clark LC, Combs GF, Turnbull BW, et al. Effects of selenium supplementation for cancer prevention in patients with carcinoma of the skin. JAMA 1996;276:1957-63.

Stranges S, Marshall JR, Natrajan R, et al. Effects of long-term selenium supplementation on the incidence of type 2 diabetes: a randomized trial. Ann Intern Med 2007; 147:217-23.

Held DD, Gonzalez-Vergara E, Goff HM. Isolation of a non-chromium insulin-enhancing factor from brewer’s yeast. Fed Proc 1984;43:472.

Hofbauer LC, Spitzweg C, Magerstadt RA, Heufelder AE, Selenium-induced thyroid dysfunction. Postgrad Med J 1997;73:103-104
by nutmed | 2007-09-03 10:13