2009年 07月 07日
第610回 歯の健康管理 「バクテリアにはバクテリアが有効」
さて、今日は歯の健康管理の3回目。今日は少し難しい内容になるかもしれませんが、ついてきてくださいね。
今日のテーマは「バクテリオシン」という物質についてです。このバクテリオシンは皆さんの身近にもあるもので、これを上手に使うことで歯肉炎、歯周病の原因となるバクテリアの繁殖を抑えることが可能になるはずです。
人間でも「私はあの人が苦手だな・・」と言うことがあるのと同様に、バクテリアの中でも、ある種のバクテリアが作るたんぱく質が別のバクテリアに対する強力な抗菌作用をもつことが1925年に発見され「バクテリオシン:Bacteriocins」と名付けられました。
このバクテリオシンは対象となるバクテリアの細胞膜に穴をあけて活性を失わせ死滅させてしまう働きがあり、大腸菌や緑膿菌(床ずれの原因菌)から抽出されていました。このほか乳酸菌の中にもバクテリオシンを作る菌が多数発見されています。日本では九州大学の生物資源環境科学研究室での研究成果が有名です。
バクテリオシンが発見されてから56年後の1981年、ニュージーランドの細菌学者Dr.Taggの研究グループは歯垢の原因となるバクテリア(ミュータンス菌)が、だ液の中に繁殖しているバクテリア(Streptococcus salivarius)が作るバクテリオシンによって活性を失い繁殖が抑えられることを発見しました。
少し見ずらいかもしれませんが、下の写真はシャーレの中で培養したバクテリア(ミュータンス菌)が乳酸菌(Bacillus coagulans)が作り出すバクテリオシンによって増殖を阻止されている様子です。右側がミュータンス菌で左側がバクテリオシンで、中央に盛り上がったように見える線がこれ以上ミュータンス菌の繁殖ができない境界線になります。
日本では昔から発酵食品の歴史があり、発酵で使われる乳酸菌が作るバクテリオシンの中には、だ液に含まれるバクテリア(Storeptococcus salivarius)と同じように歯垢を作る原因となるバクテリアに対する強い除菌作用をもったものがあります。九州大学の研究室が一般的な家庭の台所にも存在する乳酸菌(Lactococcus lactis)がバクテリオシンの「ナイシン(Z)」と言う物質を作ることを報告しています。このナイシンというバクテリオシンは、天然の防腐剤として食品に使われるほど抗菌作用が強く、日本以外の先進国では安全な天然の防腐剤として認可されていたもので、日本でもようやく2009年3月2日に厚生労働省がナイシンを食品防腐剤としての認可をしました。
さて、ここまで少し難しくなったようですが、ついてきてくださいね。
このナイシンにも歯垢を作る原因となるバクテリアに対する抗菌作用があることが1988年にマレーシアのマラヤ大学の研究者が報告をしています。もっとも一般の消費者がこのナイシンを入手することは少し難しいかもしれませんね。
ここからが皆さんの関心事になると思いますが、九州大学の研究室が日本独特の「糠づけ」を作る時の「糠床」に繁殖している乳酸菌からナイシンと同等の性能を持ったバクテリオシンを発見しこれを「ヌカシン」と名づけました。私が知る限り現在までにこのヌカシンが歯垢を作る原因となるバクテリアに対する抗菌作用の検討をした報告はないようですが、ナイシンと同等の性能をもつこのヌカシンですから、オーラルケアの素材としての期待は非常に高いと思っています。糠床に生息する乳酸菌の種類はたくさんあり、どの乳酸菌がどのようなバクテリオシンを生産するのかを調査するにはかなりの時間が必要だとは思いますが、この糠床の上澄み液を使わない手はないと思い、実は1か月ほど前から近所の家の古い糠床の上澄みをいただいて、それを50倍くらいに薄めた液で就寝前にマウスリンスをしていますが、翌朝の口の中のネバつきもないし、歯肉の腫れも少なくなりました。この方法は糠の臭いや味、それ以上に糠床を持っているご家庭が少ないので、誰でもできるものではないと思いますが、もう1つの方法として、最近日本でもポピュラーになってきた「植物性乳酸菌飲料」のラブレは、糠床上澄み液と同じようにマウスリンスとして使えると考えています。
ラブレに含まれるラブレ菌は京都の伝統食品「すぐき漬」という漬物から発見された乳酸菌で、上のシャーレの実験で使われている(Bacillus coagulans)と同じ種族の乳酸菌(Lacto-bacillus brevis subspecies coagulans)でもあります。
以前、歯科医のグループで講演会をしたときにあるドクターから「50年前に比べて虫歯の発生率は格段に減少している」という話を聞いたことがあります。この背景には8020運動など、歯科医、歯科衛生士、行政による歯と歯茎のブラッシングの習慣、特に食後のブラッシングの習慣を作ってきた功績であることは間違いないことです。ただ、食生活が決定的に欧米化してきたこの50年間で、明らかに消えつつ、そして継承されなくなった日本古来の食材、食事の仕方があることも事実で、バクテリオシンを作る植物性乳酸菌の宝庫でもある糠漬けという食材を、歯の健康管理という観点から見直してみることも必要なのかもしれませんね。